2020年10月12日月曜日

自動詞ー他動詞 V.S. Intransitive verbs - Transitive verbs

 2か月間さぼっていた分を埋め合わせるために、2週間連続の投稿です!

今日は早速テーマに入りましょう。日本語の難しさの一つに自動詞と他動詞の存在があると思います。「はじまる」「はじめる」など、なんで似ている動詞を二つも覚えないといけないの?!と、日本語学習者みんながイラッとしたことがあるのではないでしょうか?

そもそも、自動詞と他動詞って何?とまだはっきりわかっていない方に、ここで説明します。

  • 他動詞:「目的語+を」と一緒に使う動詞。例えば、「すし食べる」「水飲む」です。
  • 自動詞:「目的語+を」が要らない動詞。例えば、「雨ふる」「日本行く」です。
一方、英語の Intransitive verbs と Transitive verbs の差は何でしょうか?
  • Transitive verbs: direct object(目的語)と一緒に使う動詞。例えば、"reads a book" "write a letter" です。
  • Intransitive verbs: direct object が要らない動詞。例えば、"Go to Japan" "Someone dies" です。
日本語と英語の定義を比べると、どちらも言っていることは同じです。例に書いた動詞は日本語でも英語でも同じように分けられます。
ですが、実は日本語と英語には大きな違いがあります。それは、日本語ではそれぞれの動詞が自動詞か他動詞に分けられるのに対して、英語の動詞は一つの動詞が Intransitive にも Transitive にもなることです。例を見てみましょう。
  • わたしはドアを閉めた。(他動詞)
  • ドアが閉まった。(自動詞)
  • I closed the door. (Transitive verb)
  • The door closed. (Intransitive verb)
日本語には「閉める」と「閉まる」二つの動詞が存在しますが、英語には "close" だけです。つまり、"close" は 文の意味によって、Transitive verb と Intransitive verb のどちらにもなれるのです。それで、日本語を勉強する人は英単語一つにつき、日本語の単語を二つ覚えないといけないのです。。。でも、それは、単語を二つ習うだけではなく、どちらが自動詞か、他動詞かも覚えないといけないし、助詞のことも理解しないといけないので、大変ですね。

では、次に英語では Transitive verb として使える動詞なのに、日本語では自動詞になってしまう基本動詞を紹介します。これは、日本語学習者が助詞を間違えてしまう大きな理由の一つです。
  • Play a game (Transitive verb)
  • ゲームであそぶ(自動詞)
「あそぶ」は自動詞なので、「を」と一緒に使えません。「ゲームを」と言いたいなら、「ゲームをする」を使いましょう。「する」は他動詞です。
  • Meet a friend (Transitive verb)
  • 友だちに会う(自動詞)
「会う」もなぜだか自動詞です。他動詞「見る」を使って「友だちを見る」と言うことができますが、「会う」と「見る」の意味は異なります。(これについては、前回の投稿に書いてあります。)
  • Ride a bicycle (Transitive verb)
  • 自転車にのる(自動詞)
「のる」も自動詞です。
  • Understand Japanese (Transitive verb)
  • 日本語がわかる(自動詞)
「わかる」は使い方を間違えることが多いですが、典型的な自動詞の例です。上の3つの動詞は行動 (action) を表しているので、「食べる」「飲む」「する」などの多くの Action verbs と同じように「目的語+を」を取ると考えてしまいますよね。これに対して、「わかる」はもともと Action verb ではなく、状態や能力を表す Non-action verb / State verb ですから、「を」ではなく「が」と一緒に使います。Non-action verb / State verb は自動詞になります。「ある」「いる」「要る」も同様です。

さっきも書きましたが、結局「自動詞と他動詞」は覚えるしかないんですが、自動詞と他動詞の役割の違いをしっかり理解しておくことが、日本語理解の第一歩です。そして、自動詞と他動詞の違いに迷わなくなったら、その時は日本語を正しく使えるようになったということですよ。自動詞と他動詞の理解は日本語において、一番大切なことだと私は思っています!
これに関して、他の投稿もあるので、ぜひ読んでみてください。

Japanese verbs 2 自動詞と他動詞 



2020年10月6日火曜日

家族を見る?!家族に会う!

 すみません!2か月間ブログの更新をさぼってしまいました。。。言いわけですが、8月は暑すぎて、やる気がなく、9月は家の引越しで忙しかったんです。みなさんはこの2か月どのように過ごしましたか?日本ではまだコロナ感染の増減はあるものの、なんだか落ち着いている感じですね。私自身はほぼオンラインレッスンだけで仕事をしていて、友だちにもほとんど会っていないし、レストランにも行っていないし、単調な毎日を送っています。ですが、先週末は久しぶりに両親の家に家族が集まり、母の料理を食べて、楽しい時間を過ごしました。

それで、私は「先週末、家族に会った」と言いますが、「家族を見た」とは言いません。こから、今日のトピック「人を見る」と「人に会う」の使い方を説明します。

英語では "I'm going to see my family." と言いますが、これを日本語で「家族を見る」と訳すのは正しくありません。「見る」はテレビ、絵、星など、何かを眺めるという意味で使います。一方、「会う」はだれかと対面して顔を合わせるという意味があるので、「家族に会う」「友だちに会う」と言います。会って、一緒に食べたり、話したりします。

でも、次のような言い方はできます。

家族の顔を見に行く。

家族の顔を見て、元気かどうかチェックするという意味ですが、実際は会って、話して、相手の様子をチェックしますよね。

それから、話はしなかったけど、駅で知っている人を見た場合には、次のように言えます。

昨日、駅で山田さんを見た

これは「見た」だけ。顔を合わせて、話したという意味ではありません。 

英語の "see someone" に関連して、英語では "see a doctor" と言いますが、日本語で「医者を見る」にはなりません。そして、「医者に会う」とも言いません。日本語では「医者に行く」か「病院に行く」が普通の言い方です。

そして、「友だちに会う」と「友だちと会う」の差は何か?と疑問を感じている人もいるかもしれません。

  • に:(英語で直訳ができないので)target of the action
  • と:(ひと言で言えば)with
「私は田中さんに会う」と言えば、私から田中さんの方へ向かう方向が感じられます。それは気持ちの面と、物理的な面があると思います。「私は田中さんと会う」と言えば、私と田中さんは双方向から近づいて、会うという印象です。いずれにしても、「私と田中が会う」という事実は同じで、なんとな~くニュアンスがちがうという程度ですから、「に?と?どっち??」と迷わずに使ってよいと私は思います。


2020年7月24日金曜日

もしコロナウィルスが発生していなかったら

今週末は日本で4連休。昨日(7/23)は海の日で、今日(7/24)はスポーツの日。そして、今日は東京オリンピックの開会式が予定されていたから、長い週末を作ったのです。結局、オリンピックは無いけれど、休日だけは残ったというわけです。4連休はうれしいけれど、日本ではまたコロナウィルスの感染数が増加しているため、家にいるだけです。つまらないですね。。。

じゃ、今日は「もしコロナウィルスがなかったら」という "if" の世界について考えてみましょう。
If the coronavirus had not occurred, the Tokyo 2020 Olympics would have begun today.
①コロナウィルスがなかったら、東京オリンピックは今日始まっていた
②コロナウィルスが発生していなかったら、東京オリンピックは今日始まっていた
日本語ではこのように言います。ポイントは「ていた」「ていなかった」を使っていることです。これが "unreal past event" を表しています。
①の文は、ifの部分が「コロナウィルスがない」です。「ない」には「ている/ていた」の形はありませんから、「ない」のた形「なかった」を使います。

はずだった」を使うこともできます。予定があったが、実際は予定通りではないことを表します。
③コロナウィルスが発生していなかったら、私は8月にイタリアに行くはずだった
④コロナウィルスが発生していなかったら、東京オリンピックは今日始まっているはずだった
③の文の「辞書形+はずだった」は基本の文法です。ここでは "unreal future event" を表しています。それから、④のように「ている+はずだった」も可能で、"unreal current event" について話しています。

また、「だろう」や「かもしれない」を使って、推量 (guess) を表すこともできます。
⑤オリンピックが行われていたら、今ごろ東京は外国人であふれていただろう
⑥オリンピックが行われていたら、私はチケットを手に入れていたかもしれない。 
「はずだった」はそれ自体が過去形で「できなかった」という意味があるのに対して、「だろう」と「かもしれない」は単純に可能性の確率を意味します。それで、メインの動詞を「ていた」にして "unreal" の感じを出すといいでしょう。

予想外の現実にがっかりしていることを言いたかったら、「のに」を使うのがいいでしょう。
⑦オリンピックが行われていたら、東京の店の売り上げが伸びていたのに
「店の売り上げが伸びることを期待していたのに、実際は伸びていないから残念だ。」というのが完全な文だと思いますが、⑦の文は自然な言い方です。

では、最後に質問です。
コロナウィルスが発生していなかったら、あなたはこの数か月何をしていたと思いますか?
 コメント欄に日本語で答えを書いて、送ってください。

2020年6月26日金曜日

「そう」と「よう」

今年は7月のJLPTが中止になりましたね。残念がっている人、よろこんでいる人がいるでしょうか?今回、私もある生徒をN4のテストに向けて教えていました。彼は7月にもぎテスト (mock examination) をやってみて、結果によっては今年12月にN3挑戦を目指して、勉強を続けていくことにしました。

N4レベルを教えていると、必ず生徒が混乱するのは「そう」と「よう」です。皆さんも迷ったことがありますよね?または、今迷っていますか?英語では両方 "appear" "look like" と訳すことが多いので、何がちがうの?!と思いますよね。
それで、「そう」は "likely to happen" "nearly happen" と考えた方が違いが出て、わかりやすくなると思います。

「verb stem + そう」(例:しますそう)を使うのは、何かが起きる前のシーンを見た時です。たとえば、お決まりの例ですが、次の絵を見てください。



雲が多くて、空が暗いです。雨が降る直前です。この場合に、「雨が降りそうです。」と言います。そして、よく「今にも、雨が降りそうです。」とも言います。「今にも」の意味は "soon" "in a moment" なので、「verb stem + そう」は、まだ起きていないこと、つまり、将来に何かが起きる可能性を指しています。



次に、この絵はどうでしょうか?屋根のかわら (roof tile) が二つ落ちています。そして、あと二つはまだ屋根の上にありますが、もうすぐ落ちる可能性があります。だから、この場合は「かわらが落ちそうです」と言います。

一方、「よう」は今見ている場面をそのまま表すためには使いません。まず、何かを見る→ そこから何が起きたか、または何が起きているのかを推測して、自分の判断をくだすというプロセスがあります。



  1. 何かを見る:窓の外に虹を見る。地面には水たまりがある。
  2. 推測し、判断する:雨が降った。(でも、雨が降っていたのは知らなかった。)
この場合に「さっき雨が降ったようです。」と言います。

  1. 何かを見る/感じる:だれかが料理をしている。スパイスのにおいがする。
  2. 推測し、判断する:カレーを作っている。(でも、何を作っているか知らない。)
この場合に「カレーを作っているようです。」と言います。
このように、「よう」を使うためには、まず見たり感じたりして情報を得ます。それに基づいて、自分で何かを推測することが必要です

では、もう一例。「そう」は形容詞と一緒に使うこともできます。


カレーができました。まだ食べていないから、おいしいかどうかわからないけど、「このカレーはおいしそうです。」これも、「おいしい」という可能性があることを表しています。「おいしそう」は "It looks delicious." と訳されますが、"It could be delicious." という意味を含んでいます。そして、「形容詞+そう」の場合は将来に起きる可能性ではなく、現在の状態の可能性を表しています。カレーを味見するのは少し後(将来)ですが、このカレーはおいしいかもしれないという可能性です。

そのため、"This baby looks cute!" は「この赤ちゃんはかわいそう。」にはならないのです。英語では赤ちゃんを目の前にして、”She looks cute." と言いますが、今見ている赤ちゃんはかわいい可能性があるという言い方ははとても変ですね。食べていないカレーは味がわからないから「おいしそうです」と言えますが、目の前にいる赤ちゃんをかわいいと思えば、「かわいいです」と言います。

*「そう」はもう一つの意味 ("I heard" "Someone told me" ) がありますが、ここではそれについては書いてありません。




2020年5月31日日曜日

てもらう/ていただく

皆さん、世界をおそっているコロナウィルスの状況下で、元気にしていますか。日本では緊急事態は終わったものの、まだ注意して生活を続けなければいけません。3月末から私の日本語レッスンもすべてオンラインレッスンに変わり、これからもしばらくはそれを続ける予定です。私にとってオンラインレッスンは問題はありませんが、外出できないのは退屈だし、運動不足にもなるし、やっぱり元の健康的な生活をしたいなぁと毎日感じています。皆さんが心も体も健康で、この状況を乗り切っていることを願っています。

さて、今日はコロナウィルス関連のニュースを見ていて、気になった表現について、考えてみます。最近はあまりチェックしていないのですが、東京で緊急事態宣言が出た直後は、東京都知事の都民に向けての会見をよくニュースで見ていました。その時に、都知事がいつも「都民の皆さまに協力していただきたい」と言っていました。これは、本当に良く使う普通の表現なのですが、私は日本語教師として、以下のことを考えました。
「~てもらう」「~ていただく」の基本の意味:他人の好意によって、自分が利益をうける、To receive benefit from someone's action
この基本の意味にしたがうなら、都知事の「皆さまに協力していただきたい」は、「都民がマスクをしたり、家にいるようにしたりすることで、都知事にとって良いことがある」という理解は正しいのでしょうか?私はそう考えました。

ちがいますね。都知事は彼女の利益のために、みんなからの協力を求めているわけではありません。みんなが協力すれば、それはみんなの利益になる、つまりウィルスへの感染が減って安全に生活できるようになるという意味ですね。

では、別の例も紹介します。これもコロナウィルスに関するニュースを見ていて、あれ?と思った文です。日本では今、ジョギングをする時でもマスクをするようにすすめられています。このニュースで、ある大学教授がマスクをしながら走るのは、暑くなるし、呼吸も難しくなるので、ゆっくり走ることをすすめていました。彼は「ゆっくり走っていただくことが、体に安全だ」というようなことを言っていました。

この「走っていただく」の使い方も、日本語的にとても自然ですが、「どこかの道をジョギングしている不特定の人がゆっくり走ることによって、教授の利益になる」という理解は変ですね?

教授はランナーたちが彼の提案を実行することを望んでいます。「マスクを付けて、ゆっくり走れば、それはランナーの体にとって良いことですよ。ランナーの皆さん、私の言ったことを信じてください」という意味です。

都知事にしても、この教授にしても、自分の利益のために「いただく」を使っているのではなく、「私が言ったことを信じて、それをやってください」というリクエストなのです。「てもらう」「ていただく」のバリエーション的な使い方だと思います。

さきほども書きましたが、このバリエーションは頻繁に使われているので、この使い方を頭にとめておいて、「てもらう」「ていただく」を聞いた時に話し手の意図を考えてみるといいと思います。






2020年4月27日月曜日

Charity Nihongo lessons online

I'd like to announce my plan for this Golden week.
I'll have charity Nihongo lessons online. If you're interested, I'd appreciate your participation.

Your donation will go towards supporting the COVID-19 crisis. Please use one of these websites.

The minimum donation is 1,000 yen.
The lesson is 30 minutes long.

Dates: Monday May 4th, Wednesday May 6th and Saturday May 9th
Time: between 9 am and 5 pm JST

1) Please email me (okamoto9327@yahoo.co.jp) and book a lesson.
2) Please make a donation after you receive my confirmation email.
3) Please send me a screenshot to prove your donation.
4) I'll send you a Zoom invite.

Please send me a screenshot of these pages.


どなたかとチャリティレッスンができることを楽しみにしています!


2020年3月14日土曜日

助詞の省略

世界中にあっという間にコロナウィルスが広がってしまいました。一人一人が自分の健康管理に気をつけて生活を続けるしかないですね。そして、多くの情報やコメントを読むことでストレスが増すので、それも自分でコントロールしないといけないと思います。この問題が一日も早く終わりますように。

では、気分を変えて、日本語の勉強を始めましょう。日本語を友だちや家族とカジュアルに話す時、よく助詞(は、が、に、で、を、など)を省略することは、知っていますね。
例:あとで何する?、どこ行く?
本来の完全な文は、「あとで何する?」「どこ行く?」です。
もともと、日本語は文脈に頼る言語です。「私は」や「あなたは」など行動する人を省略しても、会話の流れから言いたいことが通じるのです。つまり、助詞を省略できるということは、助詞がなくても文の意味がわかるということです。
じゃ、「で」か「に」?、「は」か「が」?など、いつも迷うし、めんどうくさいから全部省略して話したい!と思いますよね?でも、助詞は全部省略できるのでしょうか?

いいえ。省略できない助詞もあります。その助詞が無いと、文の意味がはっきりわからない場合があります。それで、今日は省略できる助詞とできない助詞を分けてみましょう。

【省略できる助詞】
「を」
  • 食べる?
  • 映画見よう。
方向を表す「に」
  • どこ行くの?
  • 今日しぶや行って、買い物した。
 位置・存在を表す「に」
  • 今どこいる?
「は」
  • これ何?
  • このケーキおいしい!
「が」
  • 明日だれ来るの? 
  • 降ってる。
時を表す「に」
  • 何時出る? 
  • 休みの日のんびりする。

【省略できない助詞】
行動の場所の「で」
  • どこ食べる?
手段の「で」
  • 東京にどうやって来たの?→電車来た。
「で」を省略して「電車来た」になると 、「電車が来た」(The train came.) という意味にもなるため。
wih  の「と」
友だち行く。
「と」を省略して「友だち海に行く」になると、「友だちが海に行く」(My friend is going to beach.) の可能性もあるため。

対象の「に」
  • 山田さんあげた。 
「に」を省略して「山田さん花をあげた」になると、「山田さんが花をあげた」(Yamada gave flowers.) の可能性もあるため。 文の中に人が二人いる時は、助詞を付けてその人の役割をはっきりさせないといけません。「私、山田さんあげた。」なら、「に」のおかげで、山田さんの役割は花をもらった人だとすぐにわかります。上の「と」(with) も同様です。

追加の「も」
  • ビール飲んだ。ワイン飲んだ。 
「も」自体が不可欠な助詞ではなく、敢えて「追加」の意味を表すために使っているので、省略すると「ビール飲んだ。ワイン飲んだ。」(I had beer. I had wine.) となり、正しい文ですが、単純な文になってしまいます。

どうでしょうか?他にもこの助詞は省略できるの?と知りたい場合はコメント欄に質問を送ってください。

では、みなさん Take care!!