2019年11月17日日曜日

後で v.s. 後に

皆さん、こんにちは。秋が深まってきましたね。東京でも紅葉が進んでいます。そして、さわやかな青い空が広がり、とても美しい季節です。
10月は日本語についてたくさん考えて、たくさん書く仕事があったため、ブログを書く時間がありませんでしたので、11月に2回投稿できると良いのですが・・・

先日「後で」と「後に」の違いは何ですか?と質問をもらいました。基本の表現で日本語ビギナーでも知って使っていますが、私は今までちゃんとその差について考えたことがありませんでした。それはどっちでも良い場合がほとんどだからです。
それなら、一つしか使えない場合を考えてみればいいんだ!と気がつきました。「後に」が使えなくて、「後で」しか使えない表現は「また後で」です。
  • また。(言える)
  • また。(言えない)
ここで「後で」が指す「後」はいつのことかわかりません。今から後ならいつでもあり得ます。つまり、「後」の指す時間には幅があります。
  • 話そう。
  • ちょっと時間がある?
  • 母:部屋のそうじをしなさい。→子ども:やる。
どの例も「後」が示す時間は今から後というだけで、漠然としています。

これに対して、「後に」の「に」は「何かが行われる時」を表すので、「いつ?」という質問と一緒に考えてみるのがいいでしょう。
  • 山田:私たちは次いつ会う?→田中:私の出張の会おう。
会うタイミングは出張の後と特定しています。逆に言えば、会う前に出張があります。
  • 患者:この薬はいつ飲めばいいですか?→医者:晩ご飯を食べた、飲んでください。
医者は薬を飲むタイミングを教えています。薬を飲む前に晩ご飯を食べます。

「いつ」が無い文を見てみます。
  • 母:まず宿題をして。ゲームはそのして。
母はゲームができるタイミングを伝えています。ゲームの前に宿題をします。

ここで「また後で(会いましょう)」の例に戻ると、「また後に」が使えないことがよくわかります。「また後で」は今より後というだけで、何かの後に会うわけではないからです。「また後で」は「前にすることに言及して会うタイミングを特定する」ことはしていません。

このような差があると私は考えていますが、皆さんに強調したいことは、次の文が間違いではないことです。
  • 私の出張の会おう。
  • 晩ご飯を食べた薬を飲んでください。
  • 宿題をして。ゲームはそのして。
ただ違いは何ですか?と聞かれれば、上記のようなニュアンスの差があるということです。そして、その差はとても小さいと思うので日本人でさえも適当に使っていると思います。

では、もう一つ例を出します。
  • 上田:いつテストが始まるの?→木村:一週間後に始まるよ。(「後に」の読み方は「ごに」または「あとに」です。)
これは、上田はテストがもうすぐ始まることを知っていて、「いつ始まるか?」が知りたい文です。つまり、会話の焦点はテストのタイミング、今から一週間後です。

一方、「今から一週間過ぎたら、何があるか?」という質問で「テストがある」と教えたい場合は次の文になります。
  • 一週間後でテストが始まる。(「後で」の読み方は「あとで」です。)
それで、「後で」の文は「後で何が行われるか?」ということにフォーカスがあるとも考えられます。
  • プレゼンテーションの後で、皆様にお知らせがあります。
こう言うと、「皆様にお知らせがあります」が最も伝えたいことかなと思います。しかし、先ほども書いたように「プレゼンテーションの後に、皆さまにお知らせがあります。」は使えないという意味ではないので、それは忘れないでください!








2019年9月28日土曜日

のに・・・

皆さん動物が好きですか?私はペットを飼ったこともないし、動物は好きでも嫌いでもいのですが、私の周りには動物好きが多くて、9月はドッグシッターを一週間、キャットシッターを一泊頼まれました。やっぱり、動物は愛らしいですね。一緒にいるとすぐに可愛く思えてきました。来月は一週間のキャットシッターをします!

さて、日本語の話をしましょう。生徒たちから「のに」の意味はわかるけど、「文章がそれで終わるのはわかりにくい」と、よく聞きます。たしかに、文の構造が逆になったり、文の後半を言わないで終わったりするパターンは会話でよく使われます。でも、日本人の会話のスピードについて行けるようになるまでは、「のに」の前後を素早く正しく理解するなんて、難しいですよね。

それでは、今日は例文と文の形を並べて、ていねいに意味を考えましょう。
携帯電話を買ったばかりなのに、もう壊れた。【A のに、B。】
事実 A の後に起こった結果 B に対して、予想外、または満足できないという気持ちを表す場合に、「のに」を使います。しい携帯がすぐに壊れることは予想外ですね。そして、絶対に満足できません。この文のパターンは「のに」のきれいな使い方で、教科書で習うものです。

一方、話し言葉に出てくるパターンは普通、文が2つに分かれて、A と B の順序が反対になりますが、意味は同じです。
山田: 携帯が壊れた。買ったばかりなのに。【BA のに。】 
次からの例文は二人が話しています。 
① 
山田: 携帯が壊れた。【B。】
田中: (あなたは携帯を) 買ったばかりなのに。【A のに。】
田中が山田の残念な気持ちを代わりに述べています。そして、B を再度言う必要はありません。
 山田と田中は昼ご飯を食べにラーメン屋に来ました。人気店なので、11:00に来ました。
山田: わっ!このラーメン屋、もう大勢並んでいる!! 【B。】
田中: 早く来たのに。【A のに。】
話し手は自分の気持ちを早く表したいものです。それで、びっくりしたことや、不満を強調するために、それ (B) を最初に言って、その後でなぜそう思うかという背景 (A) を述べながら B の部分をサポートしています。
山田: 私たちのチームはあと少しで勝てたのに。【A のに。】
田中: 残念だったね。
例③は B がありませんが、容易にその内容が予想できますね。山田も田中も満足していない結果なので、このチームは負けた。B の部分を言わないパターンです。
この文を全部言うと、次のようになります。
私たちのチームはあと少しで勝てたのに、負けた。【A のに、B。】
山田:昨日のパーティーは楽しかったね。
田中:うん、鈴木さんも来れば良かったのに。【A のに。】 
③と同様に B が述べられていないので、それは何か推測してみましょう。「~ば良かった。」(It would have been better if someone had done...) はそれ自体が、事実に対して後悔や不満を表す文なので、田中の文から「鈴木は楽しいパーティーに来なかった」ことがわかります。それで、田中はそのことを残念に感じているのは明らかですが、それだけでなく「鈴木がいれば、鈴木も楽しんだだろう」という気持ちも入っているのではないでしょうか。

次の例も「~ば良かった」を含んでいます。
⑤ 
山田: 田中さん、先週末 引っ越しだったんでしょ?
田中: うん。
山田: 言ってくれれば良かったのに。【A のに。】
この例は①と②と③と④ほど、A と B の関係が直接的ではないでしょう。
⑤で山田の不満 (B) は、田中が引っ越しのことを言わなかったことと、自分が手伝えなかったことの二つだと思います。会話の中に「手伝う」という単語は出ていませんが、文脈からそれが推測できますね。完全な文は次のようになるでしょう。
あなたが引っ越しのことを言ってくれれば、私は手伝ったのに、あなたが言わなかったから、私は手伝えなかった。
「~ばよかったのに。」を聞いたら、それは "should have done, but" だと考えるといいでしょう。そうすると、「のに」の後に続くはずの部分がわかると思います。「日本語は "context" の言語だ」という外国人がいますが、その通りですね。


2019年8月31日土曜日

「~ようにする」と「~うとする」は同じ?

今日は8月31日。今年の8月も暑かった!!来年の東京オリンピックは大丈夫かなと本気で心配になってしまいます。今までは暑い日でも早朝は涼しくて、早起きするのが気持ちよかったのですが、今年は夜中も早朝もずっと暑いままで、さわやかな時間がありませんでした。

では、早速今日のレッスンを始めましょう。多くの方の長年の疑問、「~ようにする」と「~うとする」について考えてみます。英語ではどちらでも "try to" と訳せる場合が多いので、混乱しますよね。
  1. ~ようにする目的を達成するために、習慣的な行動の変化を起こす。
  2. ~うとする習慣的な行動には言及していない。今何かをする意志がある。「~う」は volitional form 。
上の基本の意味をもとに、例文を見ましょう。
  1. 先月まで7時に起きていたが、最近は6時に起きるようにしている
  2. 昨晩、悪い夢を見たので、今、忘れようとしている
1の文は、「6時に起きる」という新しい習慣を作るために毎日努力しているという意味です。2の文は、悪い夢を忘れたいという今の行為です。

もう一つ例を見ましょう。これは、"Read Real Japanese" (*1) という本にある「百物語」から見つけました。ある家族の女性たちは「一人で寝なければならない」という規則があって、奥さんたちはどうしているのか?という疑問に答える文です。
夫(おっと)に寝姿(ねすがた)を見せぬようにして来たのでしょう。
「見せぬ」=「見せない」ですから、「妻たちは夫に寝ているところを見せない」という習慣を昔からずっと続けているという意味です。"Read Real Japanese" の中では次のように訳されています。
they must have kept their husmands from seeing them asleep.
 一方、この話を聞いた青年は今一緒にいる女の子の寝姿を見るのが怖くなります。これから何が起きるのかわかりません。
安西は動こうとしたが動けぬ自分を感じた。馬鹿なと笑おうとしたが、頬がひきつっただけだった。
安西(あんざい)は怖くなったので、逃げたくなりましたが、体が動かなかった。そして、信じられないという気持ちで自分に笑いたかったが、笑えなかった。つまり、「体を動かす、笑う」という意志があったけど、できなかったという意味です。"Read Real Japanese" の中の訳は次のとおりです。
tried to move, only to find himself immobile. this is ridiculous, he thought, and trid to laugh, but his cheeks jus stiffened.
どうでしょうか?違いを感じられますか?そして、「~うとする」は安西の文のように過去形をよく使います。 その時に何かをする意思があったが、実行できなかった場合です。
ご飯を食べようとした時、携帯が鳴って、食べられなかった。
意志が電話にじゃまされたということです。 そして、再確認ですが、これは習慣的な行動ではないですね。

では、次は似ている文を比べてみます。
  • 私は英語が上手になりたいから、外国人の同僚とできるだけ英語で話すようにしている
  • (今、外国人が山田さんに話しかけている。)山田さんは英語で話そうとしている
この二つはわかりやすい例だと思います。習慣的な行動と、今だけの行動。

でも、最後にわかりにくい例を見せます。「~うとする」が今だけの意志を表すのではなくて、継続的な意志を表す場合です。
  • 彼はたばこをやめようとしている
  • 私は今まで親切な人じゃなかった。今は良い人になろうとしている
  • 彼女はやせようとしている
上のように、「たばこ(習慣)をやめる」「良い人になる」「やせる」ということは瞬間的に実現することではありません。目標を達成するまでにある程度の時間が必要で、意志が続いていることになります
それで、これらの文は習慣的に努力をしているという意味の「~ようにする」に似ています。だから、「毎日6時に起きようとしている。」と言えるか、という疑問がわきます。でも、この文には違和感があります。「毎朝きちんと朝食を食べようとしている。」や「できるだけ子どもと遊ぼうとしている。」なども変な感じがします。おそらく、「6時に起きる」「朝食を食べる」「子どもと遊ぶ」などがそれだけでは継続的な行為を意味しないからではないでしょうか。その場合、「6時に起きよう」という意向形 (volitional form) はその時だけの行為を表しているため、「毎朝6時に起きるようにしている。」という文の方が正しいのだと思います。私の結論です。


*1 Michael Emmerich ed., Read Real Japanese - Short Stories by Contemporary Writers. Kodansha International, 2008.

2019年7月15日月曜日

わすれた v.s. わすれていた

先月は「わすれそうだった:I almost forgot. 」という文について書きました。その後、「わすれた」と「わすれていた」の違いは何か?という質問をもらったので、今月はそれについて考えましょう。

まず、「~た」と「~ていた」の使い方を確認します。
  • 太っ:体重が増えた。ある特定の時に起きた変化。
  • 太っている:体重が重い。今を含む期間の状態。
  • 太っていた:体重が重かった。今は含まない過去の状態。(今は太っていない。)
  • 起き:目が覚めた。ある特定の時に起きた変化
  • 起きている:目が覚めている。今を含む期間の状態。(今は寝ていない。)
  • 起きていた:目が覚めていた。今は含まない過去の状態
上の二つの例と同じように、「わすれる」を分析しましょう。
  • わすれ:覚えていたことが頭の中から消えた。
  • わすれている:覚えていたことが頭の中にない。(今、覚えていない。)
  • わすれていた:覚えていたことが頭の中になかった。(今は思い出した。)
これらを見ると、「~た」は特定の時間に起きたこと、つまり瞬間的で、「~ていた」は過去の状態、つまり時間の幅があります

それで、「わすれた」は友だちの名前や覚えていた漢字の記憶などが急に消えたという場合に使うのがいいでしょう。
東京駅から渋谷駅まではいくらだっけ?わすれた! 
家を出る時、窓を閉めるのをわすれた!(「家を出る時」という特定の時間に、窓を閉めなかった。)
これに対して、「わすれていた」は、例えば日曜日の朝母に電話をする約束があったのに、その約束に気が付いたのは日曜日の午後だった。予定を過ぎていて、いつわすれたかははっきりしませんが、その時から「気が付く」までに時間の幅があります
30日までに家賃を払うのをわすれていた!今日は2日だ!
 友だちの誕生日は昨日だったのに、わすれていた!今日思い出した!
ただ、「家賃払うのをわすれちゃった!」とか「友だちの誕生日をわすれゃった!」という言い方もできますが、厳密に言うと、「わすれていた」の方が正しいのだと思います。 


2019年6月24日月曜日

直訳できないー I almost forgot!

梅雨(つゆ)の最中の東京です。梅雨は梅の実が大きくなる頃に雨が降ることから、この名前になりました。今スーパーに行くと、香りの良い緑の梅(日本語では青梅)がたくさん売っていますね。その隣には梅酒や梅シロップを作るための容器やアルコール、はちみつなども置いてあります。青梅からすっぱい梅干しを作る人もいます。

さて、今日は「直訳できない」シリーズを一つ増やそうと思います。
"I almost forgot." を「ほとんど忘れた」と訳してしまう人はいませんか?実はこれは正しくありません。「ほとんど忘れた」は別の意味になってしまいます。
  • 覚えた漢字をほとんど忘れた: I forgot almost all of the kanji I had remembered.
  • 覚えた漢字を全部忘れた:I forgot all of the kanji I had remembered.
「ほとんど」が料や数に対して使われる場合は、「全部」が100%なら、「ほとんど」は80%ぐらいを示します。しかし、"I almost forgot." は忘れた漢字の数について説明しているわけではありませんね。
"I was very close to the point of forgetting something." 
このように "Something is (was) nearly happening." の感じは「そう」を使うといいでしょう。教科書で習った例文を思い出してください。
  • 雨が降りそうです。:今から雨が降る可能性がある。
  • 雨が降りそうだった。:雨が降る可能性があった。でも、降らなかった。
"I was very close to the point of forgetting something, but I remembered it at the last moment. " この状況はまさに「~そうだった」と同じです。それで、"I almost forgot." は「忘れそうだった。」と訳すことができます。

では、次に日本語の文から考えてみましょう。
「彼女はたおれそうだった。」これはどんな状況でしょうか。

この女性は気分が悪くて、ふらふらしているみたいです。今にもたおれるかもしれません。つまり、「彼女はたおれそうです。」(She is nearly fainting.) でも、水を飲んだり、座ったりして、結局たおれませんでした。その場合に「彼女はたおれそうだった。」と言います。「たおれる」可能性があったけど、それは起こらなかったという意味です。

他の例もあげるので、場面を想像してみてください。
交差点で2台の車がぶつかりそうだった
くしゃみが出そうだったけど、がまんした。
彼は海でおぼれそうになった。(「そうになる」も使える。)
疲れて、死にそうだった。 
最後の例は大げさ (exaggerating) な言い方ですが、けっこうよく使われると思います。



2019年5月22日水曜日

「たら」と「なら」

もう数週間が経ってしまいましたが、日本に住んでいる方は楽しいゴールデンウィークを過ごしましたか?
私はゴールデンウィーク中に仕事はほとんどしませんでしたが、ふだん忙しくて考える時間がないことを考えたりしました。その一つがこのブログについてです。長い間このブログを書いていて、昔書いたことは私の考えが足りなかったり、今は考えが変わったりしたこともあります。それで、これから少しずつ前の投稿をなおしたり、改善したりするつもりです。それだけではなく、新しいテーマで書くことも続けます。といっても、二つを毎月することは難しいので、どちらか一つになりそうです。

今回は最初の書きなおしです。テーマは「たら」と「なら」の違い。「たら」「なら」に限らず、日本語には "if" の表現が多いのでややこしいですよね。

では、まず「たら」のニュアンスを感じるために、「時」と「たら」を比べます。
「北海道出身のAさんは大学時代の友だちのユキに会う」という場面設定をします。
 B:Aさん、いつユキさんに会うの?
 A:今度 北海道に帰った時に ユキに会うよ。
この会話では「帰る時」が大事です。「時」に焦点があります
B:Aさん、今度 北海道に帰ったら、何をする?
A:北海道に帰ったらユキに会うよ。 
「たら」は "What if?" の感じがあり、条件の後で何をする?という「結果」に焦点があります
 日本に行ったら、何をする?
長い休みがあったら、どこに行く?
上の質問からも "What if?" の感じがわかりますか?
そして、「たら」の「た形」には完了の意味があるので、その条件を達成した後で、後半の文が来るという時間的順序も大切です
日本に行ったら、すしを食べよう
長い休みがあったら、アイスランドに 行く。 
【2つの行動の時間的順序】日本に行く→すしを食べる、長い休みをもらう→アイスランドに行く
続いて、「なら」について。
C:Dさんは日本に行ったことがあるよね?私は夏休みに日本に行くかも。
D:いいね!日本に行くなら、おいしいラーメンを食べてね。
「なら」は "If that's the case," の感じがあります。「あなたが言ったことが本当なら」 (If the thing you said before is true, ) という「条件」に焦点があります
E+F:今、私たちは渋谷にいるよ。Gも来る?
G:EとFがいっしょにいるなら、私も行く!
これはEとFがいっしょにいるという現在の状況を受けて、「それが事実なら/その条件があれば」Gは行くので、こんな英訳はどうでしょうか? ”Are you guys are actually together in Shibuya? If so, I'm coming." 「なら」は前に言ったことを条件にするので、"if so" =「それなら」という使い方も便利でしょう
いっしょにいるHさんが暑そう。
I:(Hが)暑いなら、 冷たいものでも飲もうか?
Hが「暑い」と言ったわけではありませんが、Iは現在の状況を受けて、「あなたが暑いことが事実なら」という意味です。
現在の状況について仮定する場合は、色々な "if" の表現の中で「なら」が一番ぴったりだと思います。

 次に、「たら」と「なら」を同時に考えてみます。「たら」と「なら」の文が同じ意味にはならない場合。
JとKが同じ部屋にいます。Jはかばんからタバコを取り出しました。
K:Jがタバコをすうなら、外に行ってください。 (Are you going to smoke? If so, please go outside first.) 
【2つの行動の時間的順序】 外に行く→タバコをすう
「たら」と反対の順序です。「タバコをすうこと」は「外に行く」前に完了していないので、た形(すった)を使わないことがポイントです。「たら」はこの場合に使いません。
これに対して、「なら」は時間的順序については自由です。C+Dの例文「Cさんが日本に行くなら、おいしいラーメンを食べてね。」では「日本に行く」→「ラーメンを食べる」という時間的順序ですが、問題なく使えます。

次の例で「たら」も「なら」も両方使うことができますが、印象は少し異なります。
L:わー、この写真の本きれい!買いたいな。
M:Lが買ったら、私にも見せて
L:Lが買うなら、私にも見せて。 
「たら」の文は「買う→見せる」がセットになっている気がします。「買った後に見せて」というリクエストが強い印象があります。
これに対して、「なら」の方は、「本当に買うの?それなら、 私も見るチャンスがある」という弱い印象でしょうか。
どちらも使えるので、小さい差を気にし過ぎるのも良くないと思います。他の "if" の表現も含めて、最初は使えない場合の規則を 覚えていった方がいいかもしれませんね。

2019年4月30日火曜日

「自分で」と「ひとりで」

日本では10連休のゴールデンウィークが始まりました真っ最中です!うれしいですね。日本に住んでいる皆さんは何をしますか?私の周りの友だちは遠くに行かず東京で休む人が多いですが、外国人の生徒たちは旅行をする人が多いですね。やっぱり休みの過ごし方がちがうようです。
そして、今日は平成時代最後の日。平成最後の晩さんは何にしようかなあと考えているところです。

さて、今日のテーマは「自分」。
「自分=myself」必ずしもこうではありません。自分は myself, yourself, himself, herself  何にでもなり得ます。つまり、文の主語に合わせて、「自分」が示す人は変わるのです。
  • 自分でこのバッグを作った。:自分=私
  • あなた自分で着物が着られる?:自分=あなた
  • 自分で何もしないで、人にやらせる。:自分=彼
そして、会話の流れから「自分」がだれのことか、理解する必要もあります。
  • ごめん、ごめん!自分が悪いんです。
話し手が謝っているので、「が悪いんです。」(I'm bad./That's my fault.) ということですね。
  • ねえ、なんで怒ってるの?自分が悪いんでしょ?
この場合は "Why are you angry? That's your fault, isn't it?" と話し手が聞き手を責めています。
  • あなたは私に宿題を手伝わせているけど、これは自分の宿題でしょ?
この文も同様に、話し手がだれの宿題をやっているのかがわかれば、「自分の」が指す人も明らかになります。文脈の理解が大事だというわけです。

でも、日本語には「私自身、あなた自身、彼自身、彼女自身」という単語も存在します。これらは全然使われない訳ではありません。
これは私自身の問題です。(This is my own problem.)
このようにも言えますが、「自分」の方が多用されている気がします。みなさんも知っていると思いますが、日本語では「私、あなた、彼、彼女」のような人称代名詞 (personal pronoun) がもともと使われることが少ないですね。「自分」を指す人がだれにでもなり得ることはこれに関係しているのかもしれません。
鈴木孝夫著書の『ことばと文化』(*1)の中でも現代日本語について「できるだけ会話の中で人称代名詞を使わないで済まそうとする傾向が今でも強いのである。」と書かれています。
みなさんはこれについてどう思いますか。

それから、生徒と話していると、「自分で」と「ひとりで」の混同が多いことにも気がつきます。
  • 私は自分で京都に行った。
生徒がこの文を言うと、言いたいことはわかりますが、なんだか不自然な気がします。きっと "I went to Kyoto alone." と言いたいのかなと思います。それなら、「私は京都にひとりで行った。」ですね。「友だちと行かなかった、私だけだった」と、人数について言いたい場合は、「ひとりで」を使いましょう。
  • 私は自分でホテルに電話をかけて、予約をした。
これなら、正しいです。

上の文の場合、「自分で」には「私の力で何かをする」という意味です。日本語で電話をかけて、話すのは難しいことですよね。それを他の人の手伝いなしでできたら、「自分でした!」と自慢できます。

ただ、「こんなにたくさんの料理をひとりで全部作ったの?!」という場合は「あなただけで作った?!」という意味も、「あなたの力だけで作った?!」という意味も含んでいます。「料理を作る」という行為が技術や労力を必要とするものだからでしょう。それに対して、「京都に行く」は新幹線などの乗り物に乗ればだれでも簡単に行くことができる行為ですね。そのため、「自分で京都に行った」は違和感があるのでしょう。
子どもが「(親の手伝いなしで)ひとりでできる!」と言うのも同様のニュアンスがあります。もちろん「自分でできる」に言い換えることも可能です。

*1 鈴木孝夫、『ことばと文化』、岩波書店、2005年

それでは、さよなら平成!こんにちは令和!