2020年5月31日日曜日

てもらう/ていただく

皆さん、世界をおそっているコロナウィルスの状況下で、元気にしていますか。日本では緊急事態は終わったものの、まだ注意して生活を続けなければいけません。3月末から私の日本語レッスンもすべてオンラインレッスンに変わり、これからもしばらくはそれを続ける予定です。私にとってオンラインレッスンは問題はありませんが、外出できないのは退屈だし、運動不足にもなるし、やっぱり元の健康的な生活をしたいなぁと毎日感じています。皆さんが心も体も健康で、この状況を乗り切っていることを願っています。

さて、今日はコロナウィルス関連のニュースを見ていて、気になった表現について、考えてみます。最近はあまりチェックしていないのですが、東京で緊急事態宣言が出た直後は、東京都知事の都民に向けての会見をよくニュースで見ていました。その時に、都知事がいつも「都民の皆さまに協力していただきたい」と言っていました。これは、本当に良く使う普通の表現なのですが、私は日本語教師として、以下のことを考えました。
「~てもらう」「~ていただく」の基本の意味:他人の好意によって、自分が利益をうける、To receive benefit from someone's action
この基本の意味にしたがうなら、都知事の「皆さまに協力していただきたい」は、「都民がマスクをしたり、家にいるようにしたりすることで、都知事にとって良いことがある」という理解は正しいのでしょうか?私はそう考えました。

ちがいますね。都知事は彼女の利益のために、みんなからの協力を求めているわけではありません。みんなが協力すれば、それはみんなの利益になる、つまりウィルスへの感染が減って安全に生活できるようになるという意味ですね。

では、別の例も紹介します。これもコロナウィルスに関するニュースを見ていて、あれ?と思った文です。日本では今、ジョギングをする時でもマスクをするようにすすめられています。このニュースで、ある大学教授がマスクをしながら走るのは、暑くなるし、呼吸も難しくなるので、ゆっくり走ることをすすめていました。彼は「ゆっくり走っていただくことが、体に安全だ」というようなことを言っていました。

この「走っていただく」の使い方も、日本語的にとても自然ですが、「どこかの道をジョギングしている不特定の人がゆっくり走ることによって、教授の利益になる」という理解は変ですね?

教授はランナーたちが彼の提案を実行することを望んでいます。「マスクを付けて、ゆっくり走れば、それはランナーの体にとって良いことですよ。ランナーの皆さん、私の言ったことを信じてください」という意味です。

都知事にしても、この教授にしても、自分の利益のために「いただく」を使っているのではなく、「私が言ったことを信じて、それをやってください」というリクエストなのです。「てもらう」「ていただく」のバリエーション的な使い方だと思います。

さきほども書きましたが、このバリエーションは頻繁に使われているので、この使い方を頭にとめておいて、「てもらう」「ていただく」を聞いた時に話し手の意図を考えてみるといいと思います。






2020年4月27日月曜日

Charity Nihongo lessons online

I'd like to announce my plan for this Golden week.
I'll have charity Nihongo lessons online. If you're interested, I'd appreciate your participation.

Your donation will go towards supporting the COVID-19 crisis. Please use one of these websites.

The minimum donation is 1,000 yen.
The lesson is 30 minutes long.

Dates: Monday May 4th, Wednesday May 6th and Saturday May 9th
Time: between 9 am and 5 pm JST

1) Please email me (okamoto9327@yahoo.co.jp) and book a lesson.
2) Please make a donation after you receive my confirmation email.
3) Please send me a screenshot to prove your donation.
4) I'll send you a Zoom invite.

Please send me a screenshot of these pages.


どなたかとチャリティレッスンができることを楽しみにしています!


2020年3月14日土曜日

助詞の省略

世界中にあっという間にコロナウィルスが広がってしまいました。一人一人が自分の健康管理に気をつけて生活を続けるしかないですね。そして、多くの情報やコメントを読むことでストレスが増すので、それも自分でコントロールしないといけないと思います。この問題が一日も早く終わりますように。

では、気分を変えて、日本語の勉強を始めましょう。日本語を友だちや家族とカジュアルに話す時、よく助詞(は、が、に、で、を、など)を省略することは、知っていますね。
例:あとで何する?、どこ行く?
本来の完全な文は、「あとで何する?」「どこ行く?」です。
もともと、日本語は文脈に頼る言語です。「私は」や「あなたは」など行動する人を省略しても、会話の流れから言いたいことが通じるのです。つまり、助詞を省略できるということは、助詞がなくても文の意味がわかるということです。
じゃ、「で」か「に」?、「は」か「が」?など、いつも迷うし、めんどうくさいから全部省略して話したい!と思いますよね?でも、助詞は全部省略できるのでしょうか?

いいえ。省略できない助詞もあります。その助詞が無いと、文の意味がはっきりわからない場合があります。それで、今日は省略できる助詞とできない助詞を分けてみましょう。

【省略できる助詞】
「を」
  • 食べる?
  • 映画見よう。
方向を表す「に」
  • どこ行くの?
  • 今日しぶや行って、買い物した。
 位置・存在を表す「に」
  • 今どこいる?
「は」
  • これ何?
  • このケーキおいしい!
「が」
  • 明日だれ来るの? 
  • 降ってる。
時を表す「に」
  • 何時出る? 
  • 休みの日のんびりする。

【省略できない助詞】
行動の場所の「で」
  • どこ食べる?
手段の「で」
  • 東京にどうやって来たの?→電車来た。
「で」を省略して「電車来た」になると 、「電車が来た」(The train came.) という意味にもなるため。
wih  の「と」
友だち行く。
「と」を省略して「友だち海に行く」になると、「友だちが海に行く」(My friend is going to beach.) の可能性もあるため。

対象の「に」
  • 山田さんあげた。 
「に」を省略して「山田さん花をあげた」になると、「山田さんが花をあげた」(Yamada gave flowers.) の可能性もあるため。 文の中に人が二人いる時は、助詞を付けてその人の役割をはっきりさせないといけません。「私、山田さんあげた。」なら、「に」のおかげで、山田さんの役割は花をもらった人だとすぐにわかります。上の「と」(with) も同様です。

追加の「も」
  • ビール飲んだ。ワイン飲んだ。 
「も」自体が不可欠な助詞ではなく、敢えて「追加」の意味を表すために使っているので、省略すると「ビール飲んだ。ワイン飲んだ。」(I had beer. I had wine.) となり、正しい文ですが、単純な文になってしまいます。

どうでしょうか?他にもこの助詞は省略できるの?と知りたい場合はコメント欄に質問を送ってください。

では、みなさん Take care!!

2020年2月24日月曜日

とても難しい日本語の文

先日、私の生徒と日本の歴史のまんが(*1)を読んでいた時、すごく難しい文を見つけました。日本の歴史に関する単語も難しいのですが、その上、文の構造が複雑で、何と何がどう関係しているのか、ひと目見ただけで理解するのは大変そうです。では、その文を読んでみてください。
これは、明治になってもわが国に、男女の差別をはじめとする、上下の差別を重んずる封建的な考え方が、根強くのこっていたことを物語っているものです。
う~ん、やっぱり難しい文ですね。では、これらの文を助詞を手がかりに小さい部分に分けてみます。少し読みやすくなるでしょう。
  1. これは、
  2. 明治になっても
  3. わが国に、
  4. 男女の差別をはじめとする、上下の差別を重んずる封建的な考え方が、
  5. 根強くのこっていたことを
  6. 物語っているものです。
【単語リスト】 
明治:Meiji era
わが:our
男女の差別:gender discrimination
はじめとする:commencing with, including
上下の差別:hierarchical discrimination
重んずる(おもんずる):to respect
封建的な(ほうけんてきな):feudal
考え方:idea
根強く(ねづよく):firmly rooted, deep-seated
のこる:to remain, to be left
物語る(ものがたる):to tell, to indicate
それでは、6つに分けた部分を組み合わせて、文の構造を見ていきます。助詞の意味が重要ですから、助詞に集中してください。
  • 1+6
これ 
物語っている(ものです)。
"This indicates...." 
文の最初の「~」はその文のトピックです。そして、普通それは文の最後の動詞とつながっています。1の「これ」はここには書いていない前の部分の「身分差別の存在」を指します。
"The ongoing class discrimination indicates...."
「何を物語っているのか?」それをこれから理解していきましょう。
  •  2+3+4+5
明治になっても
わが国
(男女の差別をはじめとする、上下の差別を重んずる)封建的な考え方
(根強く)残っていた(ことを)
まず、(   )の部分を取って、文をシンプルにして考えます。
明治になっても わが国 封建的な考え方 残っていた
"Even in the Meiji era in our country the feudal ideas were firmly rooted." 
次に、一番難しい4の部分を分解して考えます。
「男女の差別をはじめとする、上下の差別を重んずる」は「封建的な考え方」の説明です。封建的な考え方とはどんなもの?という説明です。そして、それは「めがねをかけている人」(a person wearing glasses) と同じパターンです。
上下の差別を重んずる 封建的な考え方
"the feudal way of thinking which favored hierarchical discrimination"
そして、「上下の差別」とはどんな種類の差別を含むのか?一つの例は「男女の差別」です。
男女の差別をはじめとする 上下の差別
hierarchical discrimination including gender discrimination 
他の例なら、「東京をはじめとする関東地方に 雪が降った。」はどうでしょうか? "It snowed in the Kanto region including Tokyo." こんな風に訳せます。

5の部分は二つに分けて考えます。まず、「残っていた」は「封建的な考え方」とペアになる動詞です。ですが、「ことを」の「~」は目的語ですので、この部分は動詞を必要とします。「私はお茶を飲む "I drink water" 」と同じパターンです。「こと」に続く動詞は何でしょうか?それが、6の「物語っている」です。1+5「これは物語っている」(This indicates.) が何を物語っているのか?それが「こと」の部分です。

そして、この「こと」によってまとめられているものが、2+3+4+5の全てです。文全体を訳してみると、次のようになるでしょうか?
This (ongoing class discrimination) indicates that the feudal way of thinking which favored hierarchical discrimation including gender discrimination was deeply rooted in Japan even in the Meiji era.

まとめとしては、どんなに長い文でも最後まで読みましょう。日本語ではメインの動詞が最後に来るので、それをチェックします。そして、その動詞の主語は何?(それは普通「は」か「が」が付いているか、省略されている場合もある。)、目的語は何?(それは普通「を」が付いている。)と、助詞をチェックしながら、確認します。
例)毎朝 私は カフェで コーヒーを 飲む。
メイン動詞:飲む、主語:私は、目的語:コーヒー  
そうすると、文の基本の意味がわかりやすくなるはずです。
もし、何度読んでみてもわからない文があったら、コメント欄に送ってください。


*1『少年少女日本の歴史、第17巻明治維新』146ページ、小学館、1998年


2020年1月11日土曜日

Private Japanese Lesson Instagram

皆さん、楽しいお正月休みを過ごしましたか?
早速ですが、日本語中級向けのインスタグラムを始めましたので、ぜひご覧ください!!
1月中には今年初の日本語解説もします。


今年もよろしくお願いします!
岡本 美奈子 (Minako Okamoto)

2019年12月31日火曜日

私 v.s. ぼく

*English translation

12月31日、おおみそかです!2019年はどんな年でしたか?

今年最後のテーマは基本中の基本とも言える「私」「ぼく」「おれ」の使い分けについてです。早速ですが、簡単な質問。「私」-「ぼく、おれ」を性別からどうやって使い分けますか?
私:女性が使う。男性が仕事の場面で使う。
ぼく、おれ:男性が使う。
では、男性は「私」-「ぼく、おれ」をどうやって使い分けるのでしょうか?上にもあるように、男性は仕事の時には丁寧さを出すため、「私」を使います。「私」を使うと、働いている社会人という印象を与えるので、学生は使う必要がないと思います。
しかし、「ぼく、おれ」を使うのは男の子や男子学生だけという単純な区別にはなりません。
ぼく、おれ:男の子が使う。大人の男性も使う。 
上記の理解が大切です。これを知らない外国人が時々いて、特に外国人男子高校生や大学生は自分を大人っぽく見せるために、「私」を使いたがる傾向があると思います。でも、高校生や大学生が「私は・・・」と話し始めると、やっぱり合わなくて変な感じがします。男子学生のうちは「ぼく、おれ」を使って、社会人になったら「私」を使い始めるのがいいと思います。しかも、社会人になったからといって、日本人男性がいつも「私」を使う訳ではありません。彼らは仕事の場面では「私」、友達や家族と話す場面では「ぼく、おれ」という風に使い分けています。
ぼく、おれ:男の子、男子学生がいつでも使う。大人の男性も友達や家族と話す時に使う。
私:大人の男性が仕事の場面で使う。 
次に、「ぼく」-「おれ」の使い分けについてです。「おれ」は「ぼく」よりラフな印象を与えますが、「ぼく」がかわいくて、女の子っぽいという訳ではないので、この点も誤解をしないようにしてください。
日本人の男の子や男性がどっちを使うかは、個人の好みの問題や、どっちが自分らしいか、によるのでしょう。そして、やはりネイティブスピーカーなので、適切な選択ができて、彼らがどっちを使っても私は違和感を持ったことがありません。
でも、正直に言うと外国人男性が「おれ」を使うのを聞くと、「えっ?」と感じることがあります。それは、「おれ」が持っているラフさのためでしょう。だから、「ぼく」を使うのが安全かなと思います。(私の個人的な印象かもしれませんが。)

カジュアル表現は丁寧な表現より簡単だと思いがちですが、実は難しいんですよ。丁寧語の難しさは単語、文法、使い方などの複雑さのためです。一方、カジュアル表現の難しさはニュアンスや雰囲気を理解することにあります。

「おいしい」-「うまい」-「うめ~」、"delicious" と言いたい時の表現の使い分けにも「私、ぼく、おれ」との共通点があります。
おいしい:だれでも使う。
うまい:男性的だが、女性も使う。ラフな印象。
うめ~:女性は基本的に使わない。男性が言っても多少品のない感じに聞こえるが、状況や言い方によっては、問題ない。 
でも、「うめ~」という表現をぴったり使える場面を非ネイティブスピーカーが選択するのは、難しいでしょう。それなら、男性は「おいしい」または「うまい」、女性は「おいしい」と言うのが最適でリスクがありません。

でも、こんなことを書くのは本当は心が痛みます。今の世の中では「男らしさ」や「女らしさ」の質を限定するべきじゃないと思うからです。だから、結局は自分が使いたい単語や表現を選ぶべきですが、同時に、だれと話しているか?どんな場面か?を考えて、どんな印象を話し相手に与えるか?を知ることも大事だと思います。

会話の雰囲気を理解して、どんな単語や表現が使われているかを学ぶにはテレビや映画を見るのがいいと思います。私のおすすめは『アグレッシブれつこ』(Agguretsuko) です!性格や社会的ポジションが異なる色々なキャラクターが出て来るので、日本語の使い方も様々です。その上、日本文化も知ることができますよ。冬休みに見て、楽しく日本語を習うのもいいかもしれませんね。

今年最後の日にブログ書くことができて、良かったです!英語のブログは全然書いていないので、後悔ばかりですが・・・
では、みなさん、良いお年を!2020年にまたね!!

2019年11月17日日曜日

後で v.s. 後に

皆さん、こんにちは。秋が深まってきましたね。東京でも紅葉が進んでいます。そして、さわやかな青い空が広がり、とても美しい季節です。
10月は日本語についてたくさん考えて、たくさん書く仕事があったため、ブログを書く時間がありませんでしたので、11月に2回投稿できると良いのですが・・・

先日「後で」と「後に」の違いは何ですか?と質問をもらいました。基本の表現で日本語ビギナーでも知って使っていますが、私は今までちゃんとその差について考えたことがありませんでした。それはどっちでも良い場合がほとんどだからです。
それなら、一つしか使えない場合を考えてみればいいんだ!と気がつきました。「後に」が使えなくて、「後で」しか使えない表現は「また後で」です。
  • また。(言える)
  • また。(言えない)
ここで「後で」が指す「後」はいつのことかわかりません。今から後ならいつでもあり得ます。つまり、「後」の指す時間には幅があります。
  • 話そう。
  • ちょっと時間がある?
  • 母:部屋のそうじをしなさい。→子ども:やる。
どの例も「後」が示す時間は今から後というだけで、漠然としています。

これに対して、「後に」の「に」は「何かが行われる時」を表すので、「いつ?」という質問と一緒に考えてみるのがいいでしょう。
  • 山田:私たちは次いつ会う?→田中:私の出張の会おう。
会うタイミングは出張の後と特定しています。逆に言えば、会う前に出張があります。
  • 患者:この薬はいつ飲めばいいですか?→医者:晩ご飯を食べた、飲んでください。
医者は薬を飲むタイミングを教えています。薬を飲む前に晩ご飯を食べます。

「いつ」が無い文を見てみます。
  • 母:まず宿題をして。ゲームはそのして。
母はゲームができるタイミングを伝えています。ゲームの前に宿題をします。

ここで「また後で(会いましょう)」の例に戻ると、「また後に」が使えないことがよくわかります。「また後で」は今より後というだけで、何かの後に会うわけではないからです。「また後で」は「前にすることに言及して会うタイミングを特定する」ことはしていません。

このような差があると私は考えていますが、皆さんに強調したいことは、次の文が間違いではないことです。
  • 私の出張の会おう。
  • 晩ご飯を食べた薬を飲んでください。
  • 宿題をして。ゲームはそのして。
ただ違いは何ですか?と聞かれれば、上記のようなニュアンスの差があるということです。そして、その差はとても小さいと思うので日本人でさえも適当に使っていると思います。

では、もう一つ例を出します。
  • 上田:いつテストが始まるの?→木村:一週間後に始まるよ。(「後に」の読み方は「ごに」または「あとに」です。)
これは、上田はテストがもうすぐ始まることを知っていて、「いつ始まるか?」が知りたい文です。つまり、会話の焦点はテストのタイミング、今から一週間後です。

一方、「今から一週間過ぎたら、何があるか?」という質問で「テストがある」と教えたい場合は次の文になります。
  • 一週間後でテストが始まる。(「後で」の読み方は「あとで」です。)
それで、「後で」の文は「後で何が行われるか?」ということにフォーカスがあるとも考えられます。
  • プレゼンテーションの後で、皆様にお知らせがあります。
こう言うと、「皆様にお知らせがあります」が最も伝えたいことかなと思います。しかし、先ほども書いたように「プレゼンテーションの後に、皆さまにお知らせがあります。」は使えないという意味ではないので、それは忘れないでください!