2019年8月31日土曜日

「~ようにする」と「~うとする」は同じ?

今日は8月31日。今年の8月も暑かった!!来年の東京オリンピックは大丈夫かなと本気で心配になってしまいます。今までは暑い日でも早朝は涼しくて、早起きするのが気持ちよかったのですが、今年は夜中も早朝もずっと暑いままで、さわやかな時間がありませんでした。

では、早速今日のレッスンを始めましょう。多くの方の長年の疑問、「~ようにする」と「~うとする」について考えてみます。英語ではどちらでも "try to" と訳せる場合が多いので、混乱しますよね。
  1. ~ようにする目的を達成するために、習慣的な行動の変化を起こす。
  2. ~うとする習慣的な行動には言及していない。今何かをする意志がある。「~う」は volitional form 。
上の基本の意味をもとに、例文を見ましょう。
  1. 先月まで7時に起きていたが、最近は6時に起きるようにしている
  2. 昨晩、悪い夢を見たので、今、忘れようとしている
1の文は、「6時に起きる」という新しい習慣を作るために毎日努力しているという意味です。2の文は、悪い夢を忘れたいという今の行為です。

もう一つ例を見ましょう。これは、"Read Real Japanese" (*1) という本にある「百物語」から見つけました。ある家族の女性たちは「一人で寝なければならない」という規則があって、奥さんたちはどうしているのか?という疑問に答える文です。
夫(おっと)に寝姿(ねすがた)を見せぬようにして来たのでしょう。
「見せぬ」=「見せない」ですから、「妻たちは夫に寝ているところを見せない」という習慣を昔からずっと続けているという意味です。"Read Real Japanese" の中では次のように訳されています。
they must have kept their husmands from seeing them asleep.
 一方、この話を聞いた青年は今一緒にいる女の子の寝姿を見るのが怖くなります。これから何が起きるのかわかりません。
安西は動こうとしたが動けぬ自分を感じた。馬鹿なと笑おうとしたが、頬がひきつっただけだった。
安西(あんざい)は怖くなったので、逃げたくなりましたが、体が動かなかった。そして、信じられないという気持ちで自分に笑いたかったが、笑えなかった。つまり、「体を動かす、笑う」という意志があったけど、できなかったという意味です。"Read Real Japanese" の中の訳は次のとおりです。
tried to move, only to find himself immobile. this is ridiculous, he thought, and trid to laugh, but his cheeks jus stiffened.
どうでしょうか?違いを感じられますか?そして、「~うとする」は安西の文のように過去形をよく使います。 その時に何かをする意思があったが、実行できなかった場合です。
ご飯を食べようとした時、携帯が鳴って、食べられなかった。
意志が電話にじゃまされたということです。 そして、再確認ですが、これは習慣的な行動ではないですね。

では、次は似ている文を比べてみます。
  • 私は英語が上手になりたいから、外国人の同僚とできるだけ英語で話すようにしている
  • (今、外国人が山田さんに話しかけている。)山田さんは英語で話そうとしている
この二つはわかりやすい例だと思います。習慣的な行動と、今だけの行動。

でも、最後にわかりにくい例を見せます。「~うとする」が今だけの意志を表すのではなくて、継続的な意志を表す場合です。
  • 彼はたばこをやめようとしている
  • 私は今まで親切な人じゃなかった。今は良い人になろうとしている
  • 彼女はやせようとしている
上のように、「たばこ(習慣)をやめる」「良い人になる」「やせる」ということは瞬間的に実現することではありません。目標を達成するまでにある程度の時間が必要で、意志が続いていることになります
それで、これらの文は習慣的に努力をしているという意味の「~ようにする」に似ています。だから、「毎日6時に起きようとしている。」と言えるか、という疑問がわきます。でも、この文には違和感があります。「毎朝きちんと朝食を食べようとしている。」や「できるだけ子どもと遊ぼうとしている。」なども変な感じがします。おそらく、「6時に起きる」「朝食を食べる」「子どもと遊ぶ」などがそれだけでは継続的な行為を意味しないからではないでしょうか。その場合、「6時に起きよう」という意向形 (volitional form) はその時だけの行為を表しているため、「毎朝6時に起きるようにしている。」という文の方が正しいのだと思います。私の結論です。


*1 Michael Emmerich ed., Read Real Japanese - Short Stories by Contemporary Writers. Kodansha International, 2008.

2019年7月15日月曜日

わすれた v.s. わすれていた

先月は「わすれそうだった:I almost forgot. 」という文について書きました。その後、「わすれた」と「わすれていた」の違いは何か?という質問をもらったので、今月はそれについて考えましょう。

まず、「~た」と「~ていた」の使い方を確認します。
  • 太っ:体重が増えた。ある特定の時に起きた変化。
  • 太っている:体重が重い。今を含む期間の状態。
  • 太っていた:体重が重かった。今は含まない過去の状態。(今は太っていない。)
  • 起き:目が覚めた。ある特定の時に起きた変化
  • 起きている:目が覚めている。今を含む期間の状態。(今は寝ていない。)
  • 起きていた:目が覚めていた。今は含まない過去の状態
上の二つの例と同じように、「わすれる」を分析しましょう。
  • わすれ:覚えていたことが頭の中から消えた。
  • わすれている:覚えていたことが頭の中にない。(今、覚えていない。)
  • わすれていた:覚えていたことが頭の中になかった。(今は思い出した。)
これらを見ると、「~た」は特定の時間に起きたこと、つまり瞬間的で、「~ていた」は過去の状態、つまり時間の幅があります

それで、「わすれた」は友だちの名前や覚えていた漢字の記憶などが急に消えたという場合に使うのがいいでしょう。
東京駅から渋谷駅まではいくらだっけ?わすれた! 
家を出る時、窓を閉めるのをわすれた!(「家を出る時」という特定の時間に、窓を閉めなかった。)
これに対して、「わすれていた」は、例えば日曜日の朝母に電話をする約束があったのに、その約束に気が付いたのは日曜日の午後だった。予定を過ぎていて、いつわすれたかははっきりしませんが、その時から「気が付く」までに時間の幅があります
30日までに家賃を払うのをわすれていた!今日は2日だ!
 友だちの誕生日は昨日だったのに、わすれていた!今日思い出した!
ただ、「家賃払うのをわすれちゃった!」とか「友だちの誕生日をわすれゃった!」という言い方もできますが、厳密に言うと、「わすれていた」の方が正しいのだと思います。 


2019年6月24日月曜日

直訳できないー I almost forgot!

梅雨(つゆ)の最中の東京です。梅雨は梅の実が大きくなる頃に雨が降ることから、この名前になりました。今スーパーに行くと、香りの良い緑の梅(日本語では青梅)がたくさん売っていますね。その隣には梅酒や梅シロップを作るための容器やアルコール、はちみつなども置いてあります。青梅からすっぱい梅干しを作る人もいます。

さて、今日は「直訳できない」シリーズを一つ増やそうと思います。
"I almost forgot." を「ほとんど忘れた」と訳してしまう人はいませんか?実はこれは正しくありません。「ほとんど忘れた」は別の意味になってしまいます。
  • 覚えた漢字をほとんど忘れた: I forgot almost all of the kanji I had remembered.
  • 覚えた漢字を全部忘れた:I forgot all of the kanji I had remembered.
「ほとんど」が料や数に対して使われる場合は、「全部」が100%なら、「ほとんど」は80%ぐらいを示します。しかし、"I almost forgot." は忘れた漢字の数について説明しているわけではありませんね。
"I was very close to the point of forgetting something." 
このように "Something is (was) nearly happening." の感じは「そう」を使うといいでしょう。教科書で習った例文を思い出してください。
  • 雨が降りそうです。:今から雨が降る可能性がある。
  • 雨が降りそうだった。:雨が降る可能性があった。でも、降らなかった。
"I was very close to the point of forgetting something, but I remembered it at the last moment. " この状況はまさに「~そうだった」と同じです。それで、"I almost forgot." は「忘れそうだった。」と訳すことができます。

では、次に日本語の文から考えてみましょう。
「彼女はたおれそうだった。」これはどんな状況でしょうか。

この女性は気分が悪くて、ふらふらしているみたいです。今にもたおれるかもしれません。つまり、「彼女はたおれそうです。」(She is nearly fainting.) でも、水を飲んだり、座ったりして、結局たおれませんでした。その場合に「彼女はたおれそうだった。」と言います。「たおれる」可能性があったけど、それは起こらなかったという意味です。

他の例もあげるので、場面を想像してみてください。
交差点で2台の車がぶつかりそうだった
くしゃみが出そうだったけど、がまんした。
彼は海でおぼれそうになった。(「そうになる」も使える。)
疲れて、死にそうだった。 
最後の例は大げさ (exaggerating) な言い方ですが、けっこうよく使われると思います。



2019年5月22日水曜日

「たら」と「なら」

もう数週間が経ってしまいましたが、日本に住んでいる方は楽しいゴールデンウィークを過ごしましたか?
私はゴールデンウィーク中に仕事はほとんどしませんでしたが、ふだん忙しくて考える時間がないことを考えたりしました。その一つがこのブログについてです。長い間このブログを書いていて、昔書いたことは私の考えが足りなかったり、今は考えが変わったりしたこともあります。それで、これから少しずつ前の投稿をなおしたり、改善したりするつもりです。それだけではなく、新しいテーマで書くことも続けます。といっても、二つを毎月することは難しいので、どちらか一つになりそうです。

今回は最初の書きなおしです。テーマは「たら」と「なら」の違い。「たら」「なら」に限らず、日本語には "if" の表現が多いのでややこしいですよね。

では、まず「たら」のニュアンスを感じるために、「時」と「たら」を比べます。
「北海道出身のAさんは大学時代の友だちのユキに会う」という場面設定をします。
 B:Aさん、いつユキさんに会うの?
 A:今度 北海道に帰った時に ユキに会うよ。
この会話では「帰る時」が大事です。「時」に焦点があります
B:Aさん、今度 北海道に帰ったら、何をする?
A:北海道に帰ったらユキに会うよ。 
「たら」は "What if?" の感じがあり、条件の後で何をする?という「結果」に焦点があります
 日本に行ったら、何をする?
長い休みがあったら、どこに行く?
上の質問からも "What if?" の感じがわかりますか?
そして、「たら」の「た形」には完了の意味があるので、その条件を達成した後で、後半の文が来るという時間的順序も大切です
日本に行ったら、すしを食べよう
長い休みがあったら、アイスランドに 行く。 
【2つの行動の時間的順序】日本に行く→すしを食べる、長い休みをもらう→アイスランドに行く
続いて、「なら」について。
C:Dさんは日本に行ったことがあるよね?私は夏休みに日本に行くかも。
D:いいね!日本に行くなら、おいしいラーメンを食べてね。
「なら」は "If that's the case," の感じがあります。「あなたが言ったことが本当なら」 (If the thing you said before is true, ) という「条件」に焦点があります
E+F:今、私たちは渋谷にいるよ。Gも来る?
G:EとFがいっしょにいるなら、私も行く!
これはEとFがいっしょにいるという現在の状況を受けて、「それが事実なら/その条件があれば」Gは行くので、こんな英訳はどうでしょうか? ”Are you guys are actually together in Shibuya? If so, I'm coming." 「なら」は前に言ったことを条件にするので、"if so" =「それなら」という使い方も便利でしょう
いっしょにいるHさんが暑そう。
I:(Hが)暑いなら、 冷たいものでも飲もうか?
Hが「暑い」と言ったわけではありませんが、Iは現在の状況を受けて、「あなたが暑いことが事実なら」という意味です。
現在の状況について仮定する場合は、色々な "if" の表現の中で「なら」が一番ぴったりだと思います。

 次に、「たら」と「なら」を同時に考えてみます。「たら」と「なら」の文が同じ意味にはならない場合。
JとKが同じ部屋にいます。Jはかばんからタバコを取り出しました。
K:Jがタバコをすうなら、外に行ってください。 (Are you going to smoke? If so, please go outside first.) 
【2つの行動の時間的順序】 外に行く→タバコをすう
「たら」と反対の順序です。「タバコをすうこと」は「外に行く」前に完了していないので、た形(すった)を使わないことがポイントです。「たら」はこの場合に使いません。
これに対して、「なら」は時間的順序については自由です。C+Dの例文「Cさんが日本に行くなら、おいしいラーメンを食べてね。」では「日本に行く」→「ラーメンを食べる」という時間的順序ですが、問題なく使えます。

次の例で「たら」も「なら」も両方使うことができますが、印象は少し異なります。
L:わー、この写真の本きれい!買いたいな。
M:Lが買ったら、私にも見せて
L:Lが買うなら、私にも見せて。 
「たら」の文は「買う→見せる」がセットになっている気がします。「買った後に見せて」というリクエストが強い印象があります。
これに対して、「なら」の方は、「本当に買うの?それなら、 私も見るチャンスがある」という弱い印象でしょうか。
どちらも使えるので、小さい差を気にし過ぎるのも良くないと思います。他の "if" の表現も含めて、最初は使えない場合の規則を 覚えていった方がいいかもしれませんね。

2019年4月30日火曜日

「自分で」と「ひとりで」

日本では10連休のゴールデンウィークが始まりました真っ最中です!うれしいですね。日本に住んでいる皆さんは何をしますか?私の周りの友だちは遠くに行かず東京で休む人が多いですが、外国人の生徒たちは旅行をする人が多いですね。やっぱり休みの過ごし方がちがうようです。
そして、今日は平成時代最後の日。平成最後の晩さんは何にしようかなあと考えているところです。

さて、今日のテーマは「自分」。
「自分=myself」必ずしもこうではありません。自分は myself, yourself, himself, herself  何にでもなり得ます。つまり、文の主語に合わせて、「自分」が示す人は変わるのです。
  • 自分でこのバッグを作った。:自分=私
  • あなた自分で着物が着られる?:自分=あなた
  • 自分で何もしないで、人にやらせる。:自分=彼
そして、会話の流れから「自分」がだれのことか、理解する必要もあります。
  • ごめん、ごめん!自分が悪いんです。
話し手が謝っているので、「が悪いんです。」(I'm bad./That's my fault.) ということですね。
  • ねえ、なんで怒ってるの?自分が悪いんでしょ?
この場合は "Why are you angry? That's your fault, isn't it?" と話し手が聞き手を責めています。
  • あなたは私に宿題を手伝わせているけど、これは自分の宿題でしょ?
この文も同様に、話し手がだれの宿題をやっているのかがわかれば、「自分の」が指す人も明らかになります。文脈の理解が大事だというわけです。

でも、日本語には「私自身、あなた自身、彼自身、彼女自身」という単語も存在します。これらは全然使われない訳ではありません。
これは私自身の問題です。(This is my own problem.)
このようにも言えますが、「自分」の方が多用されている気がします。みなさんも知っていると思いますが、日本語では「私、あなた、彼、彼女」のような人称代名詞 (personal pronoun) がもともと使われることが少ないですね。「自分」を指す人がだれにでもなり得ることはこれに関係しているのかもしれません。
鈴木孝夫著書の『ことばと文化』(*1)の中でも現代日本語について「できるだけ会話の中で人称代名詞を使わないで済まそうとする傾向が今でも強いのである。」と書かれています。
みなさんはこれについてどう思いますか。

それから、生徒と話していると、「自分で」と「ひとりで」の混同が多いことにも気がつきます。
  • 私は自分で京都に行った。
生徒がこの文を言うと、言いたいことはわかりますが、なんだか不自然な気がします。きっと "I went to Kyoto alone." と言いたいのかなと思います。それなら、「私は京都にひとりで行った。」ですね。「友だちと行かなかった、私だけだった」と、人数について言いたい場合は、「ひとりで」を使いましょう。
  • 私は自分でホテルに電話をかけて、予約をした。
これなら、正しいです。

上の文の場合、「自分で」には「私の力で何かをする」という意味です。日本語で電話をかけて、話すのは難しいことですよね。それを他の人の手伝いなしでできたら、「自分でした!」と自慢できます。

ただ、「こんなにたくさんの料理をひとりで全部作ったの?!」という場合は「あなただけで作った?!」という意味も、「あなたの力だけで作った?!」という意味も含んでいます。「料理を作る」という行為が技術や労力を必要とするものだからでしょう。それに対して、「京都に行く」は新幹線などの乗り物に乗ればだれでも簡単に行くことができる行為ですね。そのため、「自分で京都に行った」は違和感があるのでしょう。
子どもが「(親の手伝いなしで)ひとりでできる!」と言うのも同様のニュアンスがあります。もちろん「自分でできる」に言い換えることも可能です。

*1 鈴木孝夫、『ことばと文化』、岩波書店、2005年

それでは、さよなら平成!こんにちは令和!

2019年3月31日日曜日

なんですが・・・

東京には桜の季節が来ましたね。明日からはもう4月。早いものです。昨日は千葉の南の方へ行き、海や山や海鮮料理、そして温泉を楽しんで来ました。のどかな里山(さとやま)でも桜は咲き始めていて、美しかったです。「里山」は日本の原風景とも言われています。日本に多い山と田んぼから成る里山は日本中に渡って存在するのでしょうが、もちろん現代では失われてしまった里山も多いのでしょう。「里山」ってきれいな言葉ですね。

さて、今日は日本語の基本、助詞の「は」から始めましょう。
 みなこです。
「私」はこの文のトピックです。つまり、「は」はトピックマーカーで、これから「私」について話しますよーということを教えてくれます
明日は 公園で さくらを 見ます。
「明日」に「は」は必ずしも必要ないですが、「明日は」となると、「明日について話すよ」というニュアンスが出ます。


時々このブログで私が引用している Jay Rubin さんは次のように書いています。(*1)
Notice that wa builds suspense, arousing curiosity in the reader or listener about what is to come. If the speaker were to pause at the wa, the listener's brain would whisper subliminally, "Yes, yes, and then what?"

聞き手の気を引いた上で、話し始めるという日本人って、なんだかおかしいですね。


これに似ている他の例は「Xなんですが、」と話し始めるパターン。先日生徒に質問されました。
YouTube を見ていたら、日本人が「このコーヒーメーカーなんですが・・・」と話し始めた。なんで「なんですが」を使っていますか?


「なんですが」の機能は、「この新しいコーヒーメーカー、またはこのお気に入りのコーヒーメーカー、またはこのおすすめのコーヒーメーカー、について話しますよ!」というイントロダクションです


「なんですが」の面白い点は「注目してくださいね!」という機能がありながら、なんだか控え目で、遠慮している印象を与えるので、日本人には使いやすいのだと思います。

「このコーヒーメーカー・・・」と話し始めてもいいのですが、「このコーヒーメーカーなんですが・・・」の方が何か話が始まるぞという感じが強い気がします。


上司に質問する時には「この点なんですが・・・」と会話を始めてみるのはどうでしょうか。

相手が友だちなら「これなんだけど・・・」とカジュアルバージョンにしてみてください。


*1:"Making sense of Japanese-What the textbooks don't tell you", Jay Rubin, Kodansha, 2012

2019年2月28日木曜日

"It was nice seeing you. " 日本語で何?

季節は少しずつ春になってきました。東京ではこの冬、大雪は一度も降りませんでした。暖かくなる時期も早めです。今日は春の花を買ったので、部屋が花の匂いでいっぱいです。花粉症の人には大変かもしれませんね。。。

今日は「気持ちを伝える言葉」と「て形」の関係について考えてみます。
遅れて、すみません
手伝ってくれて、ありがとう
どちらも気持ちを伝える言葉が入っています。「すみません」は謝罪、「ありがとう」は感謝ですね。何に対して謝罪や感謝をしていますか。「自分が遅れたこと」と「相手が手伝ってくれたこと」 です。そして、その部分は「て形」を使って文を作ります。時々、「遅れたから、すみません。」や「手伝ってくれたから、ありがとう。」などと聞くことがあります。言いたいことはわかりますが、違和感を感じます。それから、「ありがとう」の前の動詞には必ず「くれて」をつけましょう。「手伝って、ありがとう。」は不完全な文です。

他の気持ちの言葉はどうでしょうか?
旅行に行けなくて、残念です
友だちが病気になって、心配です
今日は 会えて、うれしいです
前半の部分が「た形」ではなくて、「て形」なので、「旅行に行けない」「友だちが病気になる」「今日(あなたに)会える」というようにまだ起こっていない事に対しての気持ちですか?という質問もたまにありますが、既に起こった事に対しての気持ちです。
(旅行の日は未来でも)旅行をキャンセルした → 今、残念と感じている
 友だちが病気になった → 今、心配している
今日 あなたに会えた → 今、うれしいと感じている
特に、「今日会えて、うれしいです。」は便利な表現なので、もう少し説明します。
この文は相手に会って、「こんにちは、元気ですか?」などとあいさつをした時に言うといいでしょう。または、まだ会っている時間内で言いましょう。
これに対して、「今日会えて、うれしかったです。」は別れ際に言います。「今日会えて、良かったです。」もよく使います。ここで「良かった」には「ほっとした (relieved) 」の意味があり、話し手の気持ちを表しています。
「形容詞が過去形になる理由はその気持ちが完了したからではなく、「会うこと」が終わったからでしょう。
翌日、同じことをメッセージなどで言いたければ、「昨日会えて、うれしかったです。」とか「昨日会えて、良かったです。」となります。前半の「て形」はタイミングに関わらず、いつも「て形」です。
敬語にする場合は「お会いできて、うれしいです。」と言いましょう。
どの場合もポイントは「会う」の可能形を使うことです。可能形にすることで、前半部分を話し手の意志が含まれない文にしています。

私は、この冬もインフルエンザにかからなくて、良かったです!このまま元気に春を迎えたいです。