2014年9月7日日曜日

ひさしぶり!

8月の夏休み、私はタイに行って来ました。8泊8日の旅でした。(最後の夜は機内泊で、翌朝8時には成田に到着。)旅のパートナーはフランスに住んでいるフランスの友人。バンコクのホテルで再会しました。私たちはKoh Ngai という小さくて、とてもきれいな島で3泊のんびり過ごしました。目の前に広がる美しい景色は見飽きることがありませんでした。その後、バンコクに戻って、バンコクで観光。その間にバンコクに住んでいる友人にも再会しました。
友だちは二人とも以前東京に住んでいて、私が日本語を教えました。日本語教師という仕事をして、一番楽しいことは様々な国の人たちに会って、私も色々な事を学べること。そして、仲良くなった人たちと友情が続けば、彼らの町を訪問できることももう一つの楽しみです。

バンコクに住んでいる南アフリカ人の友人は私に会った時、「友だちに長い間会っていなかった後で言う日本語の表現があるよね?あれは何だったけ?」と質問してきました。「ひさしぶり!」と私は答えました。彼が日本に住んでいたのは9年も前で、日本語もたくさん忘れてしまったようです。

「ひさしぶり」はこれだけで使うと、簡単で便利な表現ですが、文章の中で使うとなると、間違いが多くなる言葉です。以前にもこれについて書いたことがありますが、ずっと前で、いつ書いたか探すのもめんどうなので、もう一度書こうと思います。

よく外国人は次のような間違いをします。
ひさしぶりに 家族に 会っていない。
"I have not seen my family for a long time." を訳すと上のようになってしまうのでしょう。でも、これは間違いです。覚えておいてください!
ひさしぶり:前にそのことを経験してから、再び同じことになるまで、長い日数のあったこと
 「再び同じことになるまで」。これがポイントです。また同じことをする機会があった、またはその予定がある場合に、「ひさしぶり」が使えます。ただ、長い間家族に会ってなくて、これからもまだあう予定がない場合には使えません。
① 私は バンコクで フランスの友人と 久しぶりに 会った。(長い間会わなかったけど、会う機会があった。)
「ひさしぶり」には必ず動詞の肯定形 (affirmative form) が続きます。否定形 (negative form) は続きません。なぜなら、 また同じことをする機会があった、またはその予定がある場合に使うからです。
「ひさしぶり」は長いブランクがあったことを意味する抽象的な表現ですが、具体的な時の時間を使うこともできます。
② 私は バンコクで 友人と 9年ぶりに 会った。(9年間会わなかったけど、会う機会があった。)
①と②の例文は「機会があった」場合ですが、③は「機会が予定されている」場合です。例えば、最近映画を見ていなかったけど、明日映画を見に行く予定がある場合、次のように言うことができます。
③ 明日 ひさしぶりに 映画を 見に行く

とにかく、私は日本でもなく、フランスでもなく、南アフリカでもなく、タイのバンコクで、ひさしぶりに二人の友だちと再会できて、とてもうれしかったです。
ところで、初めて行った東南アジアの都市、バンコクについての私の印象は「むしむしして、いきいきして、ごちゃごちゃして、ざわざわして、同時にゆったりしている町」。実際、私はバンコクの観光でとても疲れてしまったのですが(風邪をひいていたことも理由の一つです)、ちょうど旅行中に読んでいた村上春樹(むらかみ はるき)の旅行記の中に共感できる文章を見つけました。彼がメキシコを旅行した後の感想です。
何故(なぜ)わざわざ僕はメキシコにまで疲弊(ひへい)を求めてやってこなくてはならないのか?「何故かといえば」と僕は答えるだろう、「そのような疲弊はメキシコでしか手に入らない種類の疲弊だからです。ここに来ないことには、ここにきてここの空気を吸って、ここの土地を足で踏まないことには手に入れることのできない種類の疲弊だからです。そしてそのような疲弊を重ねるごとに、僕は少しずつメキシコという国に近付いていくような気がするのです」と。
*ふりがなは私が付けました。 
もちろん、タイとメキシコでは比べられないほどの差があるはずですが、旅行の意義はここにあると思います。訪れる国が自分の国と違えば違うほど、この意義がはっきり見えてくるのでしょうね。
みなさんはこの夏、どんな旅行をしましたか?

*『辺境・近境』、村上春樹、新潮文庫、平成26年

小さな島の漁師さんたち