2011年10月12日水曜日

「なさそう」と「なそう」

日本人が好きで、外国人が好きじゃない物といえば、何ですか?
なっとう?いいえ。なっとうは日本人でも嫌いな人がたくさんいるし、外国人で好きな人もいます。
それは「ビールの泡」です。日本人がビールを飲む時、レストランはもちろん家でもきれいな泡を作ることが大切です。金色のビールと白い泡の黄金比率は7:3で、細かい泡がビールをより美味しくするそうです。その泡の作り方は色々なところで教えられています。でも、30%も泡があると、「もったいない」という外国人もいるぐらい、外国人にとってビールの泡は価値がないんですね。おもしろいです。

さて、今回はリクエストがあった「~なさそう」と「~なそう」について説明します。『問題な日本語』(*1)という本を参考にします。

まず、「ない」を三つに分けます。
  1. 時間が ない、食べ物が ない、など:「ない」だけで一つの単語
  2. おいしくない、暑くない、など:形容詞のない形の一部
  3. できない、知らない、など:動詞のない形の一部
1の場合、「ない」+「そう」(様態/seem)は「い」が「さ」に変わります
明日 忙しいな。あなたと会う時間が なさそう
この店でみんな たばこを吸っているね。禁煙席が なさそう
2の場合も、1と同じで、「ない」+「そう」(様態/seem)は「い」が「さ」に変わります
このケーキは おいしくなさそう
今日は くもりだね。暑くなさそう
3の場合は、「ない」+「そう」(様態/seem)は「い」を取って、「そう」を付けます
このゲームは難しいね。子どもには できなそう
彼はこの町の人じゃないから、駅の場所を 知らなそう
これが基本の文法です。ただ、現在は3の場合にも1と2の「~なさそう」を使うようになってきています。そして、それを間違いとは言えず、言葉の変化と考えています。そして、両方が同じくらい使われていると思います。こうなった理由は日本人が「ない」を1、2と3に区別していないからだと思います。私も1、2と3の「ない」を別のものとしてほとんど考えません。

それから、様態 (seem) の「そう」の否定形はもう一つあります。二つの否定形を並べると、
A. 空が 明るくなった。雨が 降らなそう。 
B. 空が 明るくなった。雨が 降りそうにない。 
Aの文は「雨が降らない」ように見える「雨が降らない」可能性があるという意味。
Bの文は「雨が降る」ように見えない「雨が降る」可能性が低いという意味。

私はAとBの意味合いはほとんど同じで、どちらを使うかはその人次第、またはその場次第だと思います。

ところで、日本人がこだわるビールのきれいな泡の作り方に興味がある方はこちらをご覧ください。ビデオまでありますよ。
http://www.sapporobeer.jp/book/pleasure/chapter01/index.html

*1  『問題な日本語』、北原保雄編、大修館書店、2005年

2011年10月1日土曜日

美しい日本語

*English translation

日本語と英語の語順はまったく逆と言っていいぐらい、違いますね。例えば、
スミスさんは 仕事の後で 小川さんと テニスを します。
Smith will play tennis with Ogawa after work.
その理由は英語が、subject (主語) verb (動詞) object (目的語) と続くのに対して、日本語はverb (動詞) が文の最後に来るからです。皆さんも日本語を勉強している間に、この点は実感していることでしょう。そして、日本語を話す時には、英語で考えることから少し離れなければいけないと感じているでしょう。

この語順について、ある本におもしろいことが書いてあります。著者は(金田一春彦」(きんだいちはるひこ)、日本を代表する言語学者です。本の名前は『ことばの歳時記(さいじき)』です。本は日記スタイルで、毎日彼が言語について短いエッセイを書いています。今日はその中の一つを紹介します。118日のページに金田一が書いたことをほとんど全部ここに書き写しますが、皆さんがわかりやすく読めるように、私が彼の文章を少しシンプルにします。ただ、私は彼の著作権を侵害するつもりではありませんので、ご了承くださいね。

()く秋の 大和(やまと)の国の 薬師寺(やくしじ)の (とう)の上なる ひと(ひら)の雲
             (佐佐木(信綱・ささきのぶつな
この短歌を英語に訳したら、元の歌とまったく逆になりそうだ。二つの言語を比べてみると、英語の方は「雲」が最初に出てきて、何を詠んだ歌か、明快だ。それに比べて、日本語の方は読みおわって、はじめて「雲」を詠んだことがわかる仕組みになっている。
日本語の非能率性が思われるが、しかし、もしこの歌の趣をビデオにでも映す場合はどうするか。逝く秋の情景を写し、大和の国(奈良県の昔の名前)から薬師寺へと場所を狭めてゆき、有名な三重塔を写して、それも下層の方から順に上層の方にカメラを移動させ、塔の上部でピタッと止めて、その上の晴れた空にかかっている白い雲を写しそうである。
日本語の順序は実用的ではないが、芸術の精神にはよく合っている。

以上。金田一春彦、『ことばの歳時記』、新潮社、2005

皆さんは、著者の考えをどう思いますか?私は、ユニークな語順のおかげで、日本語の短歌がビジュアル的に美しく詠まれているという点がとてもおもしろいと思いました。英語でも詩の場合は語順を変えることがありますね。でも、このカメラの動かし方のような語順にはならないかな?





秋 御岳山