2009年2月23日月曜日

日本の子どもと漢字

「日本人の子どもはどうやって漢字を覚えるんですか?」

この質問を今まで何回聞かれたでしょうか?日本語を勉強する外国人みんなが考える質問ですね。

私の記憶では、毎日漢字ドリルをやったり、小さいテストや大きいテストを国語の授業でやったりしていました。今の子どもたちも同じようにドリルやテストをやっています。私のいとこの息子は今、8才(小学校2年生)。昨日、彼と宿題の漢字ドリルを一緒にしました。今、彼が習っている漢字は「話」「聞」「頭」「首」など。基本の漢字ですね。

それから、彼と彼の同い年の友だち4~5人でアメリカのアニメ映画を見ていました。音は英語でしたが、日本語の字幕がついていました。この子どもたちはまだ英語はわからないから、みんな日本語字幕を読まないといけません。字幕には2年生までに習わない漢字もたくさん出てくるので、私が「みんな、字幕の漢字読めるの?」と聞くと、彼らは字幕を声に出して読んでくれました。全部、読める!

その時、私はある事に気がつきました。彼らは知らない漢字が読めるのではなく、映画の中の会話の流れから意味が推測できるんです。例えば、

  恥ずかしい

この漢字は2年生は知らないはず。でも、後ろのひらがな「ずかしい」が読めるので、多分この単語は「むずかしい」か「はずかしい」になるだろうと一瞬の内に推測できます。

そして、映画の話の流れも考えると、これは「はずかしい」だ!とわかるという訳です。

また、私の母も面白いことを話していました。私が小学校1年生(7才)のころの事です。私の名前は「おかもと」です。近所には「おかだ」と「おかべ」という家族がいました。それぞれの家の前には表札があります。

  本、 田、 

この漢字の中で、「本」と「田」は学校ですぐに習う漢字ですから、一年生でも読めますね。そして、私はそれぞれの家族の名前は聞いて、知っていますから、最初の漢字「」が「おか」と読むことに気がついて、それを母に指摘したそうです。

こうやって、子どもたちは教科書やドリルで漢字を習う前に、自分たちで規則性を見つけたり、会話能力から読むこともできるようになったりするんですね。

ところで、最後に漢字に関するクイズを出しましょう。

  • アメリカ人のトムが東京で旅行中に迷ってしまいました。 トムは漢字が読めません。トムは日本人の山田さんに電話をして、今どこにいるか、説明しています。 「スリー ボックス スリー ラインと 書いてある駅にいます。 迎えに来てもらえますか?」  山田さんはどこの駅に迎えにいけばいいでしょうか? (東京の地図がわかる人にとっては、簡単ですね!)

  • 次の漢字を組み合わせて,2つの漢字の単語を完成させてください。(例えば、)  

     +  +  +  +  +  

答えがわかったら、教えてくださいね!


2009年2月7日土曜日

日本語の"I"

先日 韓国人の友人からおもしろい話を聞きました。

まず、韓国と日本のことを少し話すと、この二つの国は似ているようで、違うよう。親近感があるようで、歴史の問題のせいで反発感もある。習慣や考え方を比べると、すんなり受け入れられる事と、びっくりしてしまう事があるんです。

日本のことを知っている西洋の方たちは、「日本は礼儀作法が厳しい」「日本では上下関係(年上の人と年下の人の間の関係)が大切なんだ」「仕事の時はいつも敬語を使わなくちゃ」とか、日本で気をつけなければならない事がたくさんあると思っていますね。

でも、私は韓国のそういう話を聞く度に、びっくりしてしまいます。韓国は日本以上に人間関係のマナーが厳しいんです。例えば、上司や先輩にお酒をすすめられたら、断わってはいけない。必ず飲まなければならない。さらに、目上の人の前でお酒を飲む場合は、目上の人に飲んでいる姿を見せないように、体の向きを変えて飲む!!

また、「友だち」という言葉の定義は「同じ年齢で気の合う人」であって、年上や年下の人と仲良くなっても、その関係を「友だち」と呼ばないそうです!それは「先輩」または「後輩」でしかないそうです。

日本でこういう事はないでしょう。

ところで、私の韓国人の友人(私たちは同じ年ですから、友だちです)は日本に来る前に、韓国で日本語を勉強しました。そこで先生に「日本で、大人の男性は【僕】を使ってはいけない。【私】を使うべきだ」と教えられたそうです。

ですから、彼は日本に来て、会社で【私】を使って話しました。それなのに、日本人の同僚はみんな、【僕】を使っている。その時、彼は「自分が韓国人だから、日本人たちは自分に対して、ていねいではない、失礼なんだ。これは人種差別だ!」と感じたそうです。

しかし、しばらくたって、彼はその日本人の同僚から、「どうして【私】を使うの?【私】はかたすぎる。【僕】を使った方がいいよ。」と言われて、日本人の【僕】の使い方を習いました。
仕事場でも毎日一緒に働いている同僚と話す場合は、【僕】を使って、カジュアルに話すのが普通ですね。会議、またはお客さんや初対面の人と話す場合は、【私】と言った方がいいでしょう。【僕】を使ってしまっても、大きな問題ではないし、動詞で敬語を使えば、文全体がていねいな感じになるので、大丈夫です。

友だちと話す時に、【私】を使う男性はいないでしょう。相手が年上でも仕事の外の人なら、【僕】を使っても問題ありません。

もう一つおもしろい話は、この友人は日本人からは「【僕】を使った方がいい。」と言われたのに、外国人の友だちからは 「どうして、あなたは【私】を使わないんですか?それは良くないよ。」と言われるそうです。外国人の方が日本人より「ていねいであること」に気をつかっているようですね?
失礼な態度をとらないようにすることは大切ですが、ていねい過ぎるのも変な感じになってしまいます。そのバランスをとりながら、日本語が話せれば、自然な日本語になるのだと思います。

ここで、【僕】に関する歴史(*1)を紹介します。【僕】は江戸時代には主に漢文(漢字だけで書かれた文章)の中で使われていた書き言葉でした。意味は「あなたの僕(しもべ)」、つまり、「めし使い」です。この時、【僕】は自分を「めし使い」と呼ぶためのけんじょう語だったんですね。それが今では、話し言葉になり、目上の人に対してや、フォーマルな場合に使わない方が良いことになっています。
また、1952年に国語に関する会議があり、そこで「【僕】は男子学生の言葉であるが、社会人となったら、【私】を使うように教育上、注意すること」と文部大臣(the minister of education)に意見が提出されました。このことから、【僕】が【私】より「ていねいではない」と見なされていたことがわかりますね。でも、今は【僕】は「ていねいではない」と思う日本人は少ないのではないでしょうか? 親しみが感じられる言葉だと思います。

個人的に、私は【僕】は好きですが、【俺(おれ)】はあまり好きじゃないです。ちなみに、【お前】は大嫌いですね。

(*1)『ことばと文化』、鈴木孝夫、岩波新書、1973年